60: おさかなくわえた名無しさん 2009/03/13(金) 01:31:43 ID:Aw8ZfblH
花蓮という台湾東部の町がある。
9年前、台北から軽い気持ちで、友人と連れ立って足を伸ばした。
駅前から程近い宿の夕べ、暇を持て余した僕たちは、
夕涼みがてら散歩に出かけた。
名物のさつま芋のお菓子の店を冷やかしたり、
ワンタンのおいしいお店で小腹を満たしながら、1時間も歩いただろうか。
陽は既に落ちかけ、涼やかな風が心地よく吹き抜けていた。
戦前の日本家屋が夕陽に深く染められ、
僕は子どもの頃に戻ったような錯覚をしていた。
宿への帰り道、友人が、
「おい、ちょっと見てみろよ」と、ふいに声をかけた。
どうも印鑑の店らしい、日本語で、「印鑑スグデキマス」と書いてあった。
友人は、「ちょうどいい。ここは大理石が名産なんだ。造ってもらえよ」と言い、
僕の腕を引っ張った。
店では、中年の店主らしき人が、汗を拭き拭き、刻印の作業に打ち込んでいた。
友人が台湾語で声をかける。店主は僕に微笑みかけ何ごとか尋ねる。
僕は日本語で答えた。
「すみません・・・印鑑が欲しいのですが」。
61: おさかなくわえた名無しさん 2009/03/13(金) 01:32:40 ID:Aw8ZfblH
店主の表情が、何とも言えない笑みと、緊張を湛えた。
やがて耐え切れぬように、「日本人の方ですね」。
「はい、そうです」
「日本人の方、いまは来ない。
お父さん、私のお父さん、とても日本語じょうずだった。
日本の、方、いっぱいお客さん、来ました。
ハンコ、いっぱい、造りました」。
僕は印鑑を注文した。大理石のよいものを選び、姓名印と、書斎印を頼んだ。
店主は瞳を輝かせていた。
明日の朝、出立前に届けてくれると言う。
宿の名前を告げると、
「ありがとう。お父さん、日本人にハンコ造ってあげられたこと、うれしい。
私もいま、日本の人に、ハンコ造って、お父さんと同じことできて、うれしい」。
店主の目はうるんでいた。
花蓮が好きになったきっかけは、この出会いからだった。
引用元: https://changi.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1236835501/
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